愛すべき青色

全部がほんとで、全部がアイドル

ありがとう嵐

私の10年、嵐に捧げて本当によかった。
今、心からそう思うことができる。

 

小学校の頃に出会った彼らは、近所のお兄さんのような存在。テレビの向こう側から、サイダーの色をした青春を届けてくれた。

 

はじめてのコンサートは、彼らのコンサートだった。
広いドームも、大きな声援も、会場の一体感も、嵐のコンサートすべてに圧倒されたことを今でも覚えている。いつしか嵐のコンサートは、私にとって目標の場所であり、目的の場所になっていた。
「1年がんばったら、また次のツアーで嵐に会えるかもしれない。」
あの時、完璧な状態で嵐に会おうという気持ちが、嵐の存在が、私を強くしてくれていた。

 

嵐を通して出会えた仲間だっている。
高校生ころからはじめたTwitterでは、たくさんの仲間に出会うことができた。睡眠時間を削って(削るな)、嵐を語った仲間たちは、今でも戦友(?)のような存在だ。
来年以降嵐の新しい話題がなくなっても、きっとまた会うだろうし、少なくとも私は会いたいと思っている。私には、嵐がいなければ出会えなかった仲間がいる。

 

嵐を「かっこいい」や「すごい」だけで終わらせるのが悔しくて、嵐の魅力を言語化するためにブログを書き始めた。嵐のために書き始めたブログに、この2年間、何度も救われきた。大層なことなんかは、書けないし、書いていないけれど、ブログには、私が見てきた嵐と、嵐に対する感情がたくさん詰まっている。

 

大野くんを権利方面から守れるように、櫻井くんと話したときに恥ずかしくないように、大学で法律の勉強をはじめた。現実には起こり得ないことを真剣に考え、選択してしまう点、本当にイタオタクだったと思うし、今も根本的には変わっていない。
だけど、最初は嵐のためだった勉強が、いつしか自分の人生の選択肢を豊なものにしてくれていた。

いま私は、嵐が見せてくれた「エンターテイメント」というものを信じて、次のステップに進もうとしている。
嵐に出会っていなかったら、私の人生どうなっていたんだろう。想像もできないくらいに、嵐を好きでいることが、当たり前だった。

 

嵐から広がる世界が、今の私を形成している。
痛いと言われようが、オタクだと厄介がられようが、私は、ここまで、嵐を選び続けたことに後悔はない。嵐と出会ってからの人生には、目的があって、感情があって、仲間だっているんだもん。

 

嵐を愛している。
この事実を抱きしめて、私は、彼らを休止へと見送る。

悲しくないなんて、寂しくないなんて、何も感じないなんて、ぜんぶ嘘だけど、
それでも、私は、心から、嵐に幸せになって欲しいと願っている。

 

ここまで、私という人間を強くしてくれてありがとう。
いつかどこかで、会えても、会えなくても、
今日まで、嵐を愛していたという事実がうれしいから。

 

また会う日まで、ありがとうの気持ちで。

 

 

2020年12月31日