愛すべき青色

嵐沼にどっぷり。青色さんにぞっこん。

彼らの帰る場所

TOKIOから山口くんが脱退することが正式に発表された。ジャニーズwebに掲載された報告文からは、事務所のいつもの無機質な報告ではなく、事務所の人達もメンバーと同様に、苦しみ、悩み、葛藤しこの決断に至ったことが滲むように伝わってきた。

 

嵐ファンの、いわば外野の私が、このことに言及することはおこがましいことなのかもしれない。不快に思われる方もいらっしゃると思う。先に御詫び申し上げたい。けれど、何年もひとつのグループのファンをしいる者として、どうしてもこのことに言及しておきたい。

 

山口くんの会見が行われワイドショーで「ファンのことを考えて、(脱退させるか否かの)結論を早く出すべきだ」と言った人がいた。それは本当にファンのことを思う行動なのだろうかと私は思った。今回のことは、人としてあってはならないことだ。一般人なら即クビになってもおかしくない。だから、TOKIOのメンバーも、ファンも、スタッフも、社会の構成員としての自分と、TOKIOを守りたいという自分との狭間で葛藤するのだと思う。1週間足らずで結論を出せてしまうグループに、私ならついて行きたくないとさえ思った。

 

グループにとってファンはなくてはならない存在だ。だが、いちファンが出来ることは、所詮、正しい情報を受け取り、いいことも悪いことものみ込み、なお応援し続けることだけだと思う。だから、時には苦しいし、ファンを辞めていく人もいる。2日の会見を見ながら、苦しく辛い中でも、今ある情報を濁すことなく伝えるTOKIOは、ファンの存在を見放さないグループだと感じた。

 

真っ先に矢面に立ち、ファンを蔑ろにしないグループ、TOKIO。だからこそ、会見の中で松岡くんが口にした「甘えを許してしまうTOKIOならなくなればいい」という言葉に胸が抉られる思いだった。

 ファンにとってグループはずっと心の中にあるかけがえのない存在。じゃあ、メンバーにとってのグループって何なんだ。嵐の話だが、大野くんは「友達でも家族でもない、嵐という新しい枠ができた感じ」とメンバーについて語る。内弁慶アイドル嵐をずっと応援してきた私は、メンバーにとってのグループは、メンバーが帰れる場所、落ち着ける唯一の居場所だと思っている。大野くんは最年長でありながら自分はグループ内では末っ子のポジションでメンバーに1番甘えさせてもらっているとも言っている。嵐にとって嵐は甘えられる場所ではないのだろうか。少なくとも私はそういう認識をしてきた。だから正直、会見中、大野くんのことが頭から離れなかった。嵐とTOKIOは別のグループだと言ってしまえばそれまでだが、同じジャニーズのグループとして、そして何より、嵐が普段から松兄と慕っている松岡くんの言葉だったから重く、苦しかった。

 

 結果的に、TOKIOは解散せず、音楽活動を休止し、山口くんは脱退することになった。事務所は山口くんの具体的支援を発表している。山口くんにとって帰るグループがなくなった今、彼の帰る場所は事務所なのだろうか。それとも結局、人はひとりなのだろうか。アイドルに孤独はつきものなのだろうか。

グループはかけがえのないものだとアイドル達はよく言う。しかし、アイドルにとってグループがどんな存在でどんな意味をなすのかは本人達にもわからないのかもしれない。さらに、グループの行く末なんて神様すら知らないことなのかもしれない。だからこそ、ファンは、今ある全てを愛していかなければならいのだと私は強く感じた。

 

最後に、「4人のTOKIOが必要とされるのか」という命題について。TOKIOはバンドで、長瀬くんの言葉にもあったように、ベースの音が欠けてしまえば音楽として成立しなくなってしまう。しかし、嵐ファンの私にとってのTOKIOは、嵐を可愛がるかっこいいお兄さん達であり、鉄腕DASHTOKIOカケルで常にお茶の間に笑顔を運んでくれる存在だ。 勿論TOKIOの音楽はTOKIOにしかなし得ない素敵なものだ。でも、音楽以外でTOKIOに元気を貰っている人はきっと沢山いるはずだ。だからTOKIOにはずっとそこに居て欲しい。どんなときでもファンを思い、表に立ってくれるアイドルを私は心から尊敬したい。

 

どんな形であれ、頑張れTOKIO!!

 

拙い文章でしたが、ここまで読んでくださりありがとうございました。

ボクらの時代を見て

  嵐は変わり続けて、私達も変わり続ける。とっても自然なこと。そして、もちろんそれに伴って、それぞれの感性は変わっていくし、何より嵐は変化するための努力を惜しまない集団。だから、私達が嵐と同じ空間で同じ時間を過ごせること、そして彼らに感化され続けていることはすごく奇跡的だと思う。

  だからこそ、言葉や場所を選ぶ必要はあるけど批判はお互いの変化の結果だから、私は嵐への批判を批判したりはしない。変化を嫌いたくはないから。

 だけど、批判をちょっと寂しいことだなとも同時に感じるのは、批判することで、奇跡から一瞬またはずっと離れてしてしまうことだとも思っているから。

 

10月1日放送 ボクらの時代 感想。

 

 

急に常体なのは、ツイッターの下書きからこっちに移したからなのでお気になさらず!

 

巻き起こせ嵐、巻き起こしてこそ嵐。

 

 お久しぶりです。書き出しのお久しぶりですをやめたい今日この頃です。 ブログはあんまり更新しなけど、忍びの国は4回見たし、ツアーの応募も無事完了したし、何ならまだ当選もしてないツアーに行くための髪色まで考えちゃったりして、相変わらずのオタクハッピーライフです。そしてそして、ニューアルバムの詳細がやってきましたね!!!!!! その名も『「Untitled」』!!絶対深い意味が無いわけない!!ここからは私の勝手な妄想解釈で「Untitled」の現時点で分かるえもい点を記るさせて頂きます。(詳細発表からだいぶ経ってることはお気になさらずに.........!)

 

 

 

 『「Untitled」』を直訳すると「肩書のない」「無名の」という意味です。嵐は「肩書きのない無名な存在の僕ら。」の意味のUntitledを、そして、形容詞のUntitledに括弧をあえてつけることで名詞的な意味合いを強め、‟Untitledな僕ら”の存在をタイトルで表現したのだと感じました。つまり嵐は自分たちが無名であった頃の気持ちを忘れておらず、自分たちは当時の勢いで今も進み続けているのだとタイトルで私達に示しているのです。

 近年Popcorn、LOVE、THE DIGITALIAN、Japonismとはっきりとしたテーマのあるアルバムが続き、去年のAre you happy?はひとつ大人の余裕を感じさせるアルバムでした。もちろん世界観を大切にしたアルバムやコンサートは好きだけど、個人的に、やっぱり嵐は常に前へと尖った姿勢でいて欲しいし、それについて行きたい。巻き起こせ嵐!!!って感じ。だから18年目、20周年を目前にそれでも未完であり進化を厭わない嵐をすごく喜ばしく思うし、彼らのファンでいられることを誇りに思えます。

デジタルに挑戦したり、和を表現したり、いろんな素敵な景色を見せてもらって、それはそれで素敵だけど、やっぱり嵐は、嵐を巻き起こすのが嵐だし、嵐を巻き起こしてこその嵐なんです。そんな彼らを見られそうな予感にワクワクは止まりません!!!

 

 

 

要するに...10月18日楽しみ!!!!!アルバム楽しみ!!!!

 

なんだかスタンスについて書いてみたくなったんだ

 暑中お見舞い申し上げます、はてなブログ様。

 大学生になって、実は私、4月よりひとり暮らしをはじめました。最初はやることだらけで、嵐追いかける時間すらないなら大学なんてただの人混み!!!!誰だよ大学を人生の夏休みって例えたやつ!!みたいなマイナス思考に陥りましたが、生活に慣れたのか、色んなことを割り切るようになったのか(は置いとくとして)、今までよりもなんだかより深く嵐について考える時間が増えてきた今日このごろです。

 

  と、長めの前置きはいつものことながら、久々のブログ、私の嵐ヲタスタンス!について書こうと思います。

実はジャニヲタのみなさんが書いてらっしゃるの見て私もずっとかいてみたかったんです...!

 

 

嵐が伝えてくれることを全力で感じる

 

 これが私の新しいスタンスです。(これをスタンスと呼ぶのかは自分でも判断が難しい所)今までは嵐の情報くれ!!情報量命!!って感じだったんですけど、最近はじっくりゆっくりマイペースに嵐や自担について考えてます(笑)自分的にこれはあゆはぴを見てから、意識するようになったなって思ってます。例えば、あゆはぴをあえて疑問形にしたのはどうしてだろうって考えながら見るとか、「嵐が思う今の嵐」の体現ってどういうことなんだろうとか、とにかく、"なぜ" "どうして"を持って嵐を見るのと見ないのでは大違いだと気付きました。そして、その"なぜ" "どうして"に自分なりの答えを見つける楽しみを持つことです。それを私流に訳すと、嵐の伝えてくれることを全力で感じるってことです。

 それが出来るのは、嵐が何をするにも一つひとつ丁寧に作り上げてくれているからこその安心感があるからだなってことにも気付かされました。その安心感はやっぱり嵐の経験値から生まれるものだと思うんです。おこがましいことに、今まで、嵐と私は同じステージで生きてると思ってたんです。まさにアイドルと遠距離恋愛してました。でも実際は、嵐は私なんかの想像力では及ばないくらいの経験をしてるから、安心感を与えてくれて、考える機会も与えてくれて、そこから未熟な私なりに導き出す答えがあって、今はなんだか遠距離恩師に出会えた気分です。

だから"これからも一緒に"って言葉は5人だけの共通認識でも私は全然よくて、一緒ににファンを混ぜてくれるのならもちろんすごく嬉しいけど、"これからもついて行かせてください!!"ってスタンスで今の私には充分です。

 

 最後にちょっとデリケートな所に触れると、今まではアイドルの嵐をアイドル嵐として見てたから嵐には恋愛なんてぜっっったいして欲しく無かった。常に私たちに対して完璧でいて欲しいと思ってた。だけど今は、嵐は私の先を歩く人達だから(同じ道を行くとは言わない)、色んな素敵な生き方を考える機会を与えてくれる人達だから、恋愛は節度を持ってね。ぐらいな感じです。節度とぜっっったいの違いの判断裁量は読んで下さる皆さんの想像におまかせしますけど、とにかく私は嵐が好きなのです。

 

 

私の新しいスタンス伝わってたら嬉しいです。

最後まで読んで下さってありがとうございました!

 

 

 

重量級ラヴを彼らに

 

大野くんは嵐を見守って、翔くんはファンを正しい方向に導いてくれる。相葉君は嵐を愛して愛される存在にしてくれるし、にのは嵐にメリハリを与える。そして潤君は嵐を更なる高みへと導く。

 

ありきたりだけど言う!!!

 

やっぱり今日も5人を尊敬するし5人が大好きだ!!!!!

生々流転のアイドルを愛でる

 さとラジが終わる。

 

 

明日が終わって月曜が来ても、お決まりの「おはようございます、嵐の大野智です!」が聞ける気がして、私にとってさとラジはそれくらい暮らしに馴染んでいたのだと今になって気づかされます。そうして気づかないくらいに、すっとリスナーの心に入ってくる自然体なトークで、自分自身のことやプライベートを晒してくれるのが、きっと今の大野智くんなのです。

 

 ありのままの自分を語ることって何より難しいことだと思うから。やっぱり、少しでもよく見せようと思ってしまうのが人間だし、そういう思いがあるからこそ自己を語ることをためらって、どんどん見せたい自分と本当の自分の距離は離れていくものだと思います。無意識の見栄っ張りもためらいも、もしかすると、私がまだまだ青くて過剰な意識の中にいるからなのかもしれないんですけどね。

 大野さんも初期のころは、ラジオで自分のことを話すのが得意ではなかったと言っていたし、栗原さんは大野さんの語りに変化があったのは30歳を過ぎてからだと話していました。(これを聞いてはやく30歳くらいになって落ち着きたいと思った私はある意味ちょっと老けているのかもしれない)

 大野さんが葛藤の中でアイドルをしていたことはハワイでの彼自身の語りから、わかっていたつもりです。だけど、栗原さんの言葉で大野さんにも見られたい自分と本当の自分とのはざまで揺れていた時期があるのだとわかった気がしました。それを払拭したのは、彼のアイドルとしての数々の経験や、彼を取り巻く環境の変化、アイドルでいることへの覚悟、そしてそれらから生まれるアイドルとしての自信なのではないのかと私なりに考えました。そして、私はそのように自分をどんどん自分らしく磨いてきたであろう大野さんのことがとても大好きで、とてもうらやましく思います。

 

 私の大野さん大好きが溢れ出して長くなるフラグなので、話を戻します…さとラジが終わるのは、全然実感は湧いてないし、駆け回りたいくらいに寂しいしどうすることも出来ない無力感でいっぱいです。だけど、ファン以上でも以下でもないこのもどかしい距離で応援するアイドルが私は大好きで、知りつくせる範囲をとことん追いかけて情報収集して、そこから垣間見える人間らしい部分に胸を熱くする瞬間こそがアイドルを追いかける醍醐味なのだと私は胸を張れます。そして、人間らしさと、時の流れとともに変化しその変化を隠そうとしないある意味での潔さを持ち合わせた大野くんが好きなんです。
 だからこそ、さとラジは貴重だし嬉しい場なんですよね。やっぱり寂しいしでも嘆いてもどうしようもないし…堂々巡りみたいになりそうなのでこの辺にしときます(笑)

 

 

大野くん、さとラジ今までお疲れ様でした。そして今まで私たちに沢山の大野智らしさを届けてくれて本当にありがとうございました。私は、私と大野くんとは永遠にファンとアイドルの関係だけど永遠を持ち合わせていない大野くんのことがが大好きです。これからもきっとずっと、応援しています。

『好きなことをやるのに好きなことだけできない』彼について

いつだってどこでだって、パイオニアな翔さん。誰が見たって正しい翔さん。

そんな翔さんは私にとっては鏡みたいな存在で、私が頑張るときはいつだって翔さんをお手本にしてきました。

嵐では語りを任されることが多い翔さん。どんなときだって自分にも人にも厳しく、公正さを大切にしている翔さんだから、厳しい環境の中で勉強と仕事の両立を続けてきた翔さんだから、翔さんの語りは難しいと思うこともあるけれど、私の心に響きます。

翔さんの魅力は学歴だと、VS嵐でカズレーサーさんが言っていました。発言だけ聞くと浅はかだと正直思います。学歴だけで翔さんの魅力ははかれません。でも翔さんのアイドルとしてのストイックさを考えたとき、馬鹿にされないために完璧を貫いてきた結果が学歴であると知ったとき、学歴は確実に彼の魅力の一つになり、正しさの要因になると私は考えています。

 

『好きなことをやるのに好きなことだけできない』

翔さんらしくて、正しすぎる言葉。そしてこれは私のヲタとしての基本的なスタンスでもあります。学生の本分は勉強。それができて初めてやりたいことを思い切りできる。私の話になりますが、私は現場に行くために授業や部活が忙しい時期に休むことはしてこなかったし、ツアーの日程が発表されてまずすることは考査や部活の大会と重ならない公演がどの公演かを探すことでした。そんなことは当たり前のことだって言われるのかもしれません。でもこれは私が嵐を応援し始めたときからずっと決めてきたことで、大切にしてきたことで、これから大学に進もうと就職しようとそれは変えないつもりです。このことにこだわる理由は一つだけです。メンバーが正しいと示してくれることには、とことん付いていきたいから。嵐ファンとして嵐にできることってそれくらいなんじゃないかなって。ライブに行くときにいつもより良い服を着てばっちりメイクするように、嵐に恥じないように、少しでも完璧を身に纏って嵐に会いたいと思うから。

その姿勢を与えてくれたのは紛れもない翔さんで。翔さんが仕事と学業をきっちりと両立していたように、私も学校に通わせて貰っている間は学業を大事にしていたいと、それが翔さんの考える正しい方法なのだと考えています。翔さんは、確実に私たちファンを正しい方向へ導いてくれる。正しさの基準は人それぞれだけど、私は翔さんの言葉と生き方に何度も背中を押してもらいました。

翔さんの人生はまさに”MY LIFE IS MY MESSAGE”です。今までもこれからも、翔さんが年をとっても、翔さんから伝わってくるメッセージは嵐ファンにとって、少なくとも私にとっては、はっきりとした道標になっていくのだと思います。

翔さんはストイックで賢くて。でもその裏には並々ならぬ努力と自分に対する厳しい姿勢があって。いい意味で完璧主義者で。言葉にはすごく熱量があって。だからついて行きたくなるし、心から尊敬できる存在です。

今日はそんな彼の35回目の誕生日。これからもずっとずっとついて行きます。

誕生日おめでとう。