愛すべき青色

全部がほんとで、全部がアイドル

「今がいい」を抱きしめて

「今の大野くんがいい」

そう思いながら、彼を休止へと見送ることができた。

アイドルを担当と呼ぶからには、担当しているその瞬間のアイドルを肯定できなければならないと、私は思っている。


休止発表までの約1年間と、休止が発表されてからのしばらく、私は、大野くんを本当の意味で肯定できなくなっていた。2017年の後半ごろから、笑顔がぎこちなくなって、未来の話をしなくなった彼が、分からなくなっていた。彼がどうしたいのか、ファンはどう応援するべきなのかわからなくなって、不安でたまらなかった。
そして、現在進行形の彼を否定する自分自身を許すことができなくなっていった。

 

2018年12月31日、私は大野担を降りた。

それ以降は、嵐ファンかつ、大野くんは大好きな人というスタンスで、彼を応援することに決めた。正直、意味わからないスタンスだと自分でも思う。拗らせている。理解されなくて当然だ。
ただ私の担当に対する考え方は一つだけ。

「 "今" を肯定できない担当を担当と呼んではいけない」

だから、担降りだった。


当時の大野くんは、抱えるものが大きすぎて笑えなくなっていた。きっと、迷っていたと思うし、色々なことと戦っていた。そして、傷ついていた。

 

大好きに違いはなかったけれど、「今の大野くんがいい」とは、思えなかった。私がもっともっと大人で、包容力ある人間だったら、変わらず担当だったのかなとも思う。だけど、大野くんより18歳若い私には、それができなかった。

私が担当したい大野くんは、嵐のメンバーに囲まれて安心しきった顔で舞台に立っていて、変わらない安定したパフォーマンスがそこにはあって、舞台を降りれば、アイドルスマイルなんか忘れて、作品づくりに没頭していて、私たちファンに向けて、好きなことを本当に嬉しそうに語る大野くんだから。

大好きなのに、大好きだから担降りだった。

 

2019年1月。
嵐が活動休止を発表した。
すべてが繋がり過ぎて、少しこわかった。彼のことをちゃんと見れていたのだと思ったのと同時に、気づけなくて、ファンの願望で縛って、ごめんねとも思った。

 

2020年10月。
5×20ツアーの東京公演に参戦した。休止発表後はじめての現場だった。最後のライブになるかもしれないと思って、彼の、彼らの一瞬一瞬を記憶に収めようと必死だった。

最後のあいさつで、久しぶりに大野くんの口から、彼の未来の話が聞けた。彼の口から聞ける、それだけで安心した。ちゃんと彼を休止へと見送りたいと思った。前を向けた。
後で知ったことだったけれど、あの挨拶には、「ファンの子がこれ以上悲しまないように」という大野くんの思いが込められていた。
大野くんの思いは、私のもとにもちゃんと届いたよ、考えてくれて、思ってくれて、ありがとう。

 


FREE STYLE2020を見に東京に行った。彼の才能に圧倒されるなんて当たり前で、「すごい」以上の感想を言葉にできないことがもどかしかった。作品集を会場受け取りにしていたから、個展に足を運んで、はじめて目にした作品が沢山あった。
初めて見るランプの絵の前で、嬉しくてたまらなくなったことを覚えている。ほかの作品と同じように並んでいるランプの絵が、私には、明るく、光がさしているように思えた。

大野くんが、描きたくなる何かに、出会えたことが、絵から伝わってくるようだった。

好きなものを素直に作品に落とし込む彼が、また、私たちに好きなものの世界を見せてくれた。

前回の個展で色々なことがあったから、私は、これから先、大野くんの新しい作品を見ることはできないと思っていた。もう見せてくれないと思っていた。

だけど、彼はそんな私の想像を遥かに超える優しさで、また、彼の大切な部分を見せてくれた。

もう見れないかもしれないと思っていた世界は、輝いていて、私に希望を感じさせてくれた。大野くんの大切な部分を見せてくれて、ありがとう。

 

2020年12月。
FREE STYLE2020大阪に行った。東京よりも狭い空間に凝縮された彼の作品を見ることができた。
東京のときも見ていたはずだったけれど、なぜか大阪では、歴代の大野くんの肖像を見て「FS2020の大野くんがいい」と強く思った。肖像からは、今までとはちがう、覚悟を決めたまっすぐさが感じられるようだった。

迷いも疲れも一切感じない表情に、「今の大野くんがいいね」と思った。東京に足を運んだときに、そう思わなかったのは、私に、大野くんの覚悟を受け取る準備ができていなかったからかもしれない。12月にして、やっと彼の覚悟と決断を直視できたのかもしれない。

とにかく、久しぶりに感じたそれがうれしくて、帰りの電車で泣いてしまった。

 

晦日
嵐からの前向きなメッセージを、This is 嵐ライブの選曲、演出、パフォーマンス、嵐の表情、言葉、声色のすべてから、強くつよく感じていた。

私が長年信じてきた「エンターテイメント」がそこにはあった。綺麗ごとではなく、人を元気にする、勇気を与える、生きることの目的となるエンターテイメント。

人生の半分を嵐のファンとしてすごしてきて、本当によかったと思った。


そして、大野くんは、最後の最後まで「今がいい」を更新させてくれた。
彼らしい繊細な動きを組み合わせたダンスや、安定した透明感のある歌声、彼らしい優しさと謙虚さの詰まった最後の挨拶、迷いのないすっきりとした表情。
これから見られなくなってしまうというのに、あの日、私は、彼のすべてに、安心していた。いや、彼は、私たちファンを安心させようとしてくれていた。

 

大野くんが、最後の瞬間まで「今がいい」を更新させてくれたことは、私にとって、最高のプレゼントだった。もう見られないかもしれないと思っていた、大好きな大野くんに、また会うことができた。さびしいけれど、大丈夫だと思えた。

「大野くんを応援してきてよかった」

心からそう思えることが嬉しい。

本当に、ほんとうに、ありがとう。

本当に、ほんとうに、お疲れ様でした。

 

大野くんからもらった気持ちを抱きしめて、私は、今日も未来へ渡る。